観測されない媒介変数は、ネットワークから消えてくれない

Daiki Kumakura · 2026-10-26 · Blog · 1.0

観測データから推定したネットワークのエッジと、実際の分子の作用を区別する。媒介変数を消去した数理と合成データの計算例で、当てはまっても媒介物のパラメータが決まらないことを示し、微生物の化学媒介相互作用、single-cellの遺伝子調節ネットワーク、創薬の機序評価へつなげる。

要点

  • 観測されない媒介変数を消去しても、その作用は過去の入力の「記憶」として残り、推定したエッジの係数は産生・作用・消失をまとめた有効係数になる。
  • 計算例では、媒介物を観測しない直接モデルも総ゲインは正しく取り出したが、媒介が遅いと、その遅れを応答自身の消失速度の誤った値(真値の約4分の1)として吸収した。
  • 正しい2段の構造を当てはめても、二つの速度のどちらが媒介物のものかはデータから決まらず、媒介物の除去を速める介入の予測は、平均では一致しても振れ幅で0.45倍と0.32倍(真値0.44倍)に分かれた。

Summary in English

Unobserved mediators do not disappear from a network

A Japanese essay on the difference between edges inferred from observed variables and the molecular interactions behind them. It links the mathematics of eliminating a mediator, a reproducible synthetic example, chemical-mediated microbial interactions, single-cell gene regulatory networks and mechanism assessment in drug discovery. It makes no claim about any real organism or drug.

The full article is in Japanese.

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文献の確認日:2026年10月8日。文献の報告、本記事の解釈、本記事で作った合成データの計算例を区別して書く。

二つの細菌の個体数が連動している。片方が増えると、少し遅れてもう片方も増える。時系列からネットワークを描けば、細菌Aから細菌Bへ矢印が引かれるかもしれない。

しかし、その間にAが放出した代謝物があったらどうだろう。観測装置に代謝物の列がないだけで、分子が働く過程まで消えるわけではない。

観測されない媒介変数は、因果ネットワークから消えてくれない。 消えるのはデータ表の列であって、その変数を通じた作用ではない。そして、その作用を表すパラメータの一部は、残った列からは決められなくなる。

Eric Kernfeldは、生物学的ネットワーク推論での未観測層について、RNAだけを測ると、タンパク質、その修飾、複合体、ホルモン、クロマチン状態といった調節の層が抜け落ちる問題を指摘している。本記事では、この問題を、時系列の数理、微生物の化学物質を介した相互作用、single-cellの遺伝子調節ネットワーク、創薬の機序評価へつなげて考える。予測と機序推論の区別そのものは、前の記事で扱った。本記事はその続きとして、「測っていない変数」が何を決められなくするかに焦点を当てる。

1. 直接効果、間接効果、交絡

まず用語をそろえる。

直接・媒介・交絡の三つの構造。破線の丸は観測されないことの多い変数を表す。

  • 総効果:Xを介入で変えたときにYがどれだけ変わるか。すべての経路を通った効果である。
  • 直接効果:Mを一定に固定したときに、Xの変化がYを変える分。
  • 間接(媒介)効果:XがMを変え、そのMがYを変える経路を通る分。

媒介の図では、作用はMを通ってYに届く。これも因果の作用であり、Xを介入で変えればYは変わる。Mを観測しなくても総効果は存在する。ただし、XとYの間に直接の作用があるとは言えない。

交絡の図では、\(U\) は XとYの共通原因 である。Uで調整しなければXとYは関連して見えるが、Xを介入で変えてもYが動くとは限らない。

観測された二変数の関係だけから、この三つを一般に区別することはできない(Runge et al. 2019)。媒介による効果と、交絡による見かけの関連を取り違えると、実験で操作すべき対象まで取り違えうる。

ここでいう「直接」は、指定した変数の集合と時間分解能に対して直接という意味である。細胞を一つの状態変数として扱うモデルと、細胞内のタンパク質反応まで描いたモデルでは、同じ「直接のエッジ」でも意味が違う。

2. 媒介変数を消去すると、作用は「記憶」として残る

簡単な動的モデルで確かめる。\(x(t)\) を上流の細胞や入力、\(m(t)\) を観測しない代謝物、\(y(t)\) を下流の応答とする。

\[ \frac{dm}{dt}=a\,x(t)-\lambda\, m(t), \qquad \frac{dy}{dt}=b\,m(t)-\gamma\, y(t). \]

ここには xからyへの直接の項はない。作用はすべてmを経由する。それでもmの方程式を解けば

\[ m(t)=e^{-\lambda t}m(0)+a\int_0^t e^{-\lambda(t-s)}x(s)\,ds \]

であり、yの方程式は

\[ \frac{dy}{dt}=-\gamma\, y(t)+b\,e^{-\lambda t}m(0) +ab\int_0^t e^{-\lambda(t-s)}x(s)\,ds \]

となる。mを式から消しても、過去のxの履歴がyに影響する項は残る。 これはこの線形モデルからの代数的な帰結である。

代謝物の消失がxの変化より十分速く(\(\lambda\) がxの変化の速さより十分大きく)、初期の過渡が過ぎていれば(\(t \gg 1/\lambda\))、準定常近似として

\[ m(t)\approx\frac{a}{\lambda}\,x(t),\qquad \frac{dy}{dt}\approx\frac{ab}{\lambda}\,x(t)-\gamma\, y(t) \]

と書ける。この粗いモデルには、あたかも x → y の直接作用があるように見える。しかし係数 \(ab/\lambda\) は、産生・作用・消失をまとめた有効係数であり、分子間の直接の相互作用定数ではない。近似が成り立つかは、媒介の速さとxの変化の速さの比で決まる。観測間隔は、近似からのずれがデータで見えるかどうかを左右する。観測が粗いと、遅い媒介でも直接作用のように見えてしまう。

この形は薬理学にもある。準定常近似で残る \(dy/dt = (ab/\lambda)\,x - \gamma\,y\) は、入力が応答の産生を促す線形の間接反応モデルの形で、遅れは応答自身の消失(\(k_{out}\)、ここでは \(\gamma\))から生じる(Dayneka et al. 1993)。遅れのない direct-effect モデルになるのは、\(\gamma\) も十分速いときだけである。媒介物 \(m\) の式は、薬物濃度から作用部位までの遅れを表す effect compartment モデル(Sheiner et al. 1979)と、遅れの形が同じである。ただし古典的な effect compartment では流入と消失の速度定数が同じ \(k_{e0}\) なので、\(k_{e0}\) を変えても遅れが変わるだけで定常の水準は変わらない。本記事のモデルは流入 \(a\) と消失 \(\lambda\) を独立に置いているので、\(\lambda\) を変えると定常の水準も変わる。入力と応答の関係が遅れによってループを描く現象は、ヒステリシスとして知られている。

3. 計算例:当てはまっても、媒介物の速度はどれか決まらない

上のモデルで合成データを作り、媒介物を観測しない人が二つのモデルを当てはめた場合を計算した。実験データではない。設定は \(a=b=1\)、\(\gamma=0.5\)/日、xは10日ごとに3日間高くなる既知の入力、yは1日ごとに観測し、2%の対数正規の測定誤差を加えた。媒介物の消失速度 \(\lambda\) は、速い場合(10/日)と遅い場合(0.3/日)を比べた。\(\lambda\) は、媒介物の分解、他の菌による取り込み、系外への流出をまとめた速度である。「媒介物の除去を5倍に速める」介入は、例えば媒介物を分解する酵素を加えることにあたる。培養の希釈率を上げる操作は y も同時に薄めるので、この介入にはあたらない。

  • 直接モデル:\(dy/dt = k\,x(t) - g\,y\)。媒介物を考えない。
  • 2段モデル:観測しない区画を1つ入れた \(dm/dt = c\,x - r_1 m,\ dy/dt = m - r_2 y\)。構造は真の系と同じで、媒介物は観測しない。

上段:観測したyに直接モデルと2段モデルを当てはめた結果。下段:媒介物の除去を5倍に速める介入をしたときの真の応答と、2段モデルの予測。2段モデルの二つの速度のどちらを媒介物のものとみなすかで、予測が分かれる。

速い媒介(λ = 10/日) 遅い媒介(λ = 0.3/日)
直接モデルの当てはまり(R²) 0.995 0.681
直接モデルの定常ゲイン k/g(真値 ab/(λγ)) 0.202(0.200) 6.85(6.67)
直接モデルが推定した y の消失速度 g(真値 0.5/日) 0.47 0.12
2段モデルの当てはまり(R²) 0.998 0.993
2段モデルが推定した二つの速度(真値 {λ, γ}) {0.50, 8.7} {0.29, 0.54}
媒介物の除去を5倍にしたときの平均:真値 / 2段(速度を正しく選んだ場合) / 2段(取り違えた場合) 0.20 / 0.20 / 0.20 0.20 / 0.20 / 0.20
同じ介入での振れ幅:真値 / 正しく選んだ場合 / 取り違えた場合 0.20 / 0.20 / 0.28 0.44 / 0.45 / 0.32

介入の効果は、最後の20日間の平均と、山から谷までの振れ幅を、介入しない場合との比で示した。「速度を正しく選んだ場合」は、真の値を知っているシミュレーションだからこそ選べるもので、実際のデータでは選べない。

読み取れることを四つ書く。

1. 直接モデルは、総ゲインは正しく取り出す。 速い媒介でも遅い媒介でも、直接モデルの定常ゲイン k/g は真の値 \(ab/(\lambda\gamma)\) に近かった。上流のxを一律に2倍にする介入の予測は、どちらの場合も真値と同じ2.00倍だった。ただし、これは系が線形で、xが外から与えられる(交絡がない)からであり、どんな線形モデルでも2.00倍になる。モデルが正しいことの証拠にはならない。

2. 媒介が遅いと、その「記憶」は別の変数の誤ったパラメータとして現れる。 遅い媒介で、直接モデルは y の消失速度を真値の約4分の1(0.12/日)と推定した。媒介物に滞在する時間が y の消失時間に足し込まれ、入力に対する遅れを1段のモデルで再現しようとした結果である。当てはまりが悪い(R² 0.68)ことには気づけるが、それだけでは、どこが違うのかは分からない。

3. 正しい構造でも、二つの速度の「どちらが媒介物のものか」はデータから決まらない。 2段モデルは、遅い媒介でもR² 0.993まで当てはまり、二つの速度を {0.29, 0.54}/日(真値 {0.3, 0.5})と推定した。しかし、yの時系列は二つの速度について対称である。二つを入れ替えても当てはめの曲線は同一だった(差は最大 \(2\times10^{-8}\))。どちらが代謝物の消失で、どちらが y 自身の消失かは、x と y だけからは識別できない(構造的に識別できない)。経口薬の薬物動態で、吸収速度と消失速度を入れ替えても、見かけの分布容積がその分を吸収すれば血中濃度の曲線が同じになる flip-flop と同じ種類の現象である。媒介物の除去を5倍にする介入の予測は、平均の水準では、どちらを選んでも真値の0.20倍に一致した。定常ゲインが二つの速度の積で決まるからである。一方、振れ幅は、正しく選べば0.45倍(真値0.44倍)、取り違えると0.32倍になった。

4. 直接モデルは、媒介物への介入をそもそも表せない。 直接モデルには媒介物の速度にあたるパラメータがないので、この介入を書き込むことができない。準定常近似から「k は \(1/\lambda\) に比例する」という機序の知識を外から持ち込めば、速い媒介の場合は平均の水準で0.20倍を正しく予測できる。その知識はデータからではなく、機序の仮定から来ている。

つまり、隠れた媒介物があると、当てはまりの良いモデルは作れても、介入したい対象(ここでは媒介物の消失)に対応するパラメータが、データのどこにあるかが決まらないことがある。これを決めるには、媒介物そのものを測るか、媒介物に独立に介入する必要がある。

4. 微生物での検討

Niehausらは、代謝物や老廃物といった相互作用の媒介物を明示的に含む微生物群集のモデルを作り、実験で制約した。相互作用が強いとき、共存を決めるのは促進と阻害の強さよりつながり方であり、媒介物の消費や分解が相互作用の強さを和らげて共存を促すことを示した(Niehaus et al. 2019)。媒介物の消失が他の菌の消費にも依存するなら、3節の \(\lambda\) にあたる量は群集の組成で変わる。つまり、種から種への「有効なエッジ」の強さも、群集の組成によって変わる。

私が共著者として参加したSuzukiらの研究(2022)では、Niehausらのモデルにもとづく化学物質を介した相互作用のモデルと、種間の直接の相互作用だけのモデルから時系列を作り、5つのネットワーク推定法を比べた(Suzuki et al. 2022)。比べたのは、Pearson相関、Spearman相関、時間のずれを考える相関(LSA)、状態空間の再構成から因果の向きを見るCCM(決定論的な力学系を前提とする)、一般化Lotka–Volterraモデルを前提に相互作用を回帰で推定するLIMITSである。栄養資源の競争は、化学物質とは別に、全種の合計個体数が増えると各種の増殖が抑えられる項として、両方のモデルに同じ形で加えた条件(競争あり)と、加えない条件(競争なし)を比べた。データは過程にノイズを入れた合成の時系列で、観測誤差はなく、1系列100点、存在量の多い上位5種のネットワークを評価した。

正解として使ったのは、化学物質を介した場合も含めて、種から種への有効な相互作用(媒介物を通じた影響をまとめた行列)である。つまり、このベンチマークは「有効なエッジを検出できるか」を評価したもので、「媒介物を特定できるか」「直接の作用と媒介を区別できるか」を評価したものではない。2節の有効係数と同じ構造である。

条件 結果(Suzuki et al. 2022)
栄養資源の競争あり 相互作用を検出できたのはLIMITSとCCMで、ROC-AUCではこの順に高かった。相関に基づく3法はROC-AUCが約0.5で、偶然と変わらなかった
競争ありで、化学物質を介した場合と直接の場合を比べると LIMITSは化学物質を介した場合にROC-AUCが下がった(precisionでは有意差なし)。CCMは両者の差が小さく有意でなかったが、性能自体はLIMITSより低かった
栄養資源の競争なし どの方法でも相互作用の検出は難しかった

この結果を「CCMなら隠れた媒介変数を見抜ける」と読むべきではない。特定の数理モデルと条件でのベンチマークであり、実測された微生物群集で直接作用と間接作用を区別できると示したわけではない。重要なのは、推定法が想定する相互作用の形と、実際の生物の作用の形がずれると、推定したネットワークのエッジの意味が変わることである。

これに対し、Jansmaらは2026年に、細菌と代謝物の両方を状態変数に持つ常微分方程式のネットワークを、ベイズ推定で時系列から推定する枠組みを報告した(Jansma et al. 2026)。ただし、これは代謝物の時系列も測っていることを前提にした方法で、隠れた媒介物を推定するものではない。検証も合成データで行われている。媒介物を「測って、モデルに入れる」方向の試みと読むのがよい。

5. RNAだけの遺伝子調節ネットワークにも、同じ構造がある

遺伝子AのmRNAが増え、後から遺伝子BのmRNAが増える。ここから、AがBを直接転写制御したと結論できるだろうか。

直接の転写制御でも、作用は必ずAのタンパク質を経由する。だから「タンパク質を経由するか」は問題ではない。区別すべきは、BがAの直接の標的か、A以外の調節因子を経た二次的な標的かである。シグナル伝達では、タンパク質の量より、リン酸化などの活性状態が作用を決めることも多い。RNA-seqは、これらを測っていない。RNA上の「A → B」は、RNAという観測層に映した影響関係であって、Aのタンパク質がBの調節領域に結合した証拠ではない(Kernfeld 2020)。

測る層を増やす研究は進んでいる。2025年のHALOは、single-cellのクロマチンアクセシビリティと遺伝子発現を統合し、二つの層が連動して変わる成分と独立に変わる成分を分ける枠組みを報告した(Mao et al. 2025)。2026年のShinらの総説も、細胞型ごとの違い、動態、摂動を扱うGRN推定には未解決の課題が多いと整理している(Shin et al. 2026)。

摂動のデータは何を足すか。Perturb-seqのようにAを操作して全遺伝子の応答を測れば、Aの総効果は測れる。しかし、それがAからBへの直接のエッジなのか、別の遺伝子を経た媒介なのかは、総効果だけでは決まらない。CausalBenchは、CRISPRiによる大規模なsingle-cell摂動データでネットワーク推定法を評価した。最初の評価では、既存の手法のうち介入データを使うものが、観察データだけを使うものを上回らなかった。その後に公開の競技で募集した手法は、すべて介入データを使うもので、評価の上位の多くを占めた(Chevalley et al. 2025)。ただし、この評価には正解のネットワークがなく、生物学的・統計的な代理指標で測っている。摂動への発現応答を予測する方法についても、11の大規模摂動データで比べたベンチマークで、単純な基準を上回ることはまれだったと報告されている(Kernfeld et al. 2025)。摂動データは役に立つが、使い方と評価のしかたに強く依存する。

6. 隠れた媒介者を、時系列だけから見つけられるか

Mohiuddinらは2025年に、二つの個体の時系列だけから、その間に見えない仲介者がいるかを判定できるかを調べた(Mohiuddin et al. 2025)。時間遅れを変えながら修正版のtransfer entropyを計算すると、直接の相互作用では遅れとともに単調に減り、間接の相互作用ではその傾向から外れる。この特徴を、集団運動の標準的なモデル(修正Vicsekモデルとランジュバン動力学)で示した。

これは「直接の相互作用なら、相互作用の時間尺度より長い遅れでは影響が減る」という、著者ら自身が作業仮説と明記した前提の上に立つ方法である。著者らは今後の課題として、相互作用の時間尺度をデータから推定する必要があること、ノイズが小さい場合や結合が弱い場合の例外、サンプリングの頻度への依存、そして一つの個体が他の二つを共通に駆動する場合に、直接と間接の判定が一貫しなくなりうることを挙げている。最後の点は、この方法が媒介と交絡を区別できるとは示されていないことを意味し、1節の区別に直結する。

Dimitrovらの2026年の総説は、single-cellの機械学習の方法を、表現学習、因果推論、機序の発見、摂動効果の外挿といったモデル化の考え方、前提、目的ごとに整理している(Dimitrov et al. 2026)。どのモデルを使うかより先に、何を観測し、何を外挿し、どんな因果の仮定を置いたかを明確にすべきだ、という本記事の論点とも重なる。

7. 創薬の機序評価にも直結する

創薬では、薬が作用する標的そのものが媒介物にあたる。オミクスやAIで描いた「遺伝子・タンパク質のネットワーク」のエッジは、測った層に映した有効係数であり、そのエッジを薬で操作すれば同じ作用が得られるとは限らない。

投与から薬効までも同じ構造である。

投与 D → 血中濃度 C → 組織内濃度 → 標的の占有率 R → シグナル → 薬効 Y

血中濃度と薬効しか測っていなければ、曝露反応モデルは作れても、標的の占有が実際の媒介経路だと特定したことにはならない。血中濃度から薬効への係数は、組織への移行、標的への結合、シグナル伝達をまとめた有効係数になる。しかも標的の占有は飽和するので、その係数は濃度によって変わる。組織への移行や標的の量が違う条件、例えば投与経路の違い、組織移行性の違い、標的の発現量や標的を介した消失(TMDD)の違いには、その係数をそのまま使えない。

観察データでは、媒介とは別に交絡にも注意が要る。Daiらの総説は、抗体医薬の曝露反応の関連を三つの成分に分けて整理している(Dai et al. 2020)。曝露そのものによる成分、病態が重い患者ほどクリアランスが高く曝露が低くなることによる成分(交絡)、治療が効くとクリアランスが下がることによる成分(逆向きの因果)である。後の二つを切り分ける対策として、初回投与の曝露を使うことや、複数の用量を無作為に割り付けることが挙げられている。

必要なのは、全分子を無条件に測ることではない。競合する機序の仮説を区別できる情報を増やすことである。

調べたい問い 有効な次の観測・実験 なお残る限界
直接作用か、媒介作用か 急性の摂動の直後を、媒介の時間尺度より細かく測り、一次応答と二次応答を分ける。翻訳を止めた条件や新生RNAの測定、標的の調節領域への結合の測定(ChIP、CUT&RUN)を加える 測った層にも、測っていない経路が残りうる
Xを変えるとYが変わるか Xを無作為に割り付けて介入する。実験では、操作の特異性(siRNAのoff-target、阻害剤の複数の標的への作用)の確認が先に問題になる 総効果は分かるが、媒介の経路は特定できない
特定のMが経路に必要か XとMの操作を組み合わせ、Mを操作したときにXの効果が消えるかを見る。Mを補ってXの操作を迂回できるかを見る Mが別の経路でもYに作用しうる。効果が床に張りついて差が見えないことがある
薬が標的に当たり、それが効果につながっているか 標的への結合(target engagement)の測定、遺伝学的な摂動と化合物の効果の一致、薬が結合しない変異体での効果の消失、標的に近いバイオマーカーから遠いものへの順の変化 標的に近い指標が動いても、薬効の経路の全体は保証されない
どの機序のモデルを採るべきか 競合するモデルの予測が分かれる条件(3節なら、媒介物を測る、または応答の振れ幅が分かれる入力)を選んで実験する 実験できるか、パラメータを識別できるかに依存する

標的の妥当性については、ヒトの遺伝学的な証拠が、介入の結果を前もって示す独立の情報源になる。遺伝学的な裏付けのある標的は、臨床開発の成功確率が高いと報告されている(Minikel et al. 2024)。これも、観察した関連とは別の情報で機序の仮説を確かめる方法の一つである。ただし、生まれつきの遺伝的な変化と、薬による急性の阻害は同じではなく、一つの遺伝子が複数の経路に関わること(多面発現)もある。

媒介効果を定量化したいときは、さらに厳しい条件が要る。VanderWeeleの総説は、直接効果と間接効果を因果的に解釈するために、曝露と結果、媒介変数と結果、曝露と媒介変数のそれぞれの間に測っていない交絡がないこと、そして曝露の影響を受けた交絡因子がないことが必要だと整理し、その感度解析を紹介している(VanderWeele 2016)。上で触れた、病態がクリアランスと薬効の両方に影響する状況は、この条件の違反にあたる。

8. 結論:図のエッジより、エッジが意味する作用を問う

未観測の媒介変数を省いたモデルが、いつも無価値になるわけではない。観測できる変数への総効果の予測なら、媒介の経路をまとめた有効モデルで十分な場合がある。計算例でも、直接モデルは総ゲインを正しく取り出した。

しかし、その有効なエッジを分子の直接作用だと読むことと、そのエッジを操作すれば同じ作用が再現できると考えることは別である。計算例では、構造の正しいモデルを当てはめても、二つの速度のどちらが媒介物のものかはデータから決まらなかった。介入したい対象に対応するパラメータを特定するには、媒介物を測るか、媒介物に独立に介入する必要がある。

確かめたいのは、ネットワークに矢印が引けるかどうかだけではない。その矢印は、どの観測層、どの時間尺度、どの介入に対して意味を持つのか。 これを明示して初めて、ネットワークは単なる関連の図から、次の実験を選ぶための道具に近づく。

計算例の再実行と限界

再実行資料ZIPを展開し、Python 3.11以上で、展開先のフォルダから以下を実行する。確認した版は requirements.txt に固定した。実行時間は環境によって約15分である。

python -m pip install -r requirements.txt
python mediator_demo.py

計算コードは、results/summary.json、results/fits.csv、二つの図を生成する。乱数のseedは固定している。どちらのモデルも複数の初期値から当てはめ、最も残差の小さい解を使った。直接モデルは9通りすべての初期値が同じ解に達した。2段モデルは、遅い媒介では8通りすべてが同じ解に達したが、速い媒介では8通りのうち1通りだけだった。速い媒介の速度(推定8.7、真値10)は1日ごとの観測より速く、データからの情報が少ない。

限界を書いておく。系は線形で、媒介物は一つ、入力xは既知の周期的な信号とした。非線形の系(例えば飽和)、媒介物が複数ある場合、フィードバックがある場合、交絡がある場合は扱っていない。介入の効果は、最後の20日間の平均と振れ幅だけで比べた。数値はこの設定での例示であり、特定の微生物や薬の推定値ではない。

参考文献

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引用

Kumakura, D. (2026). 観測されない媒介変数は、ネットワークから消えてくれない. daikikumakura.github.io. https://daikikumakura.github.io/writing/hidden-mediator-networks.html