Rentosertib第2a相のFVC改善を欠測の仮定から読み直す
生成AIで設計されたTNIK阻害薬rentosertibの第2a相で、60 mg群のFVC改善(+98.4 mL)が、欠測の仮定(MAR、中止した人が悪化、プラセボと同じ経過)にどこまで頑健かを、公表された集計値だけで調べた。計画は計算前に固定し、有効性や投与量は評価しない。
要点
- 見出しの+98.4 mL(95%CI 10.9〜185.9)は、60 mg群の群内の変化の区間で、プラセボとの差の区間ではない。差の95%CIは、観測された人でも、MAR補完でも、プラセボの経過での補完でも、0を含んだ。
- 差の点推定は、欠測の人がMARの想定より約219 mL悪化して初めて0になる。符号は頑健だが、差が0より大きい確率は、MARで0.92、δ=100 mLで0.78と下がる。
- 12週FVCを主要評価とする仮想試験では、真の差+100 mL、検出力80%なら1群36人が必要となる。効果差の不確実性を積分した成功確率は、1群100人でも0.47〜0.68だった。
On this page
背景と目的
文献の確認日:2026年10月13日。主解析には公表論文の集計値を使った。公開ソースデータの個別値は区間の計算法の照合に限って用い、個人別の再解析は行っていない。本記事は、薬の有効性も、投与量も、規制の判断も、評価しない。
rentosertib(旧称ISM001-055)は、生成AIで設計された低分子で、TNIKを阻害する特発性肺線維症(IPF)の治療薬候補である。2025年に、第2a相の結果がNature Medicineに報告された (1)。12週間の治療で、60 mgを1日1回投与した群の努力性肺活量(FVC)が、平均で +98.4 mL(95%信頼区間 10.9〜185.9)増え、プラセボ群は −20.3 mL(−116.1〜75.6)減った。
論文は、これを、生成AIで発見・設計された薬の、最初の第2a相試験(論文の自己記述)と位置づけている。ただし、この試験は、AIで設計したことの利点を、評価する設計ではない(プラセボ対照で、薬の効果を見る試験である)。では、この数値は、どこまで確かなのか。
試験と報告されたこと
多施設、二重盲検、プラセボ対照の試験で、71人を4つの群に割り付けた(30 mgを1日1回、30 mgを1日2回、60 mgを1日1回、プラセボ)。主要評価は安全性で、FVCは副次評価である。12週目のFVCがある人は、71人中49人で、欠測が22人(31%)いた。
表1.群別の人数と12週FVC変化。
| Group | Randomized | Week-12 FVC available | Missing | Observed-case mean change (95% CI) | Multiple imputation assuming MAR (95% CI) |
|---|---|---|---|---|---|
| Placebo | 17 | 14 | 3 (18%) | −20.3 mL (−116.1–75.6) | −8.2 (−98.1–81.7) |
| 30 mg once daily | 18 | 13 | 5 (28%) | −27.0 (−88.8–34.8) | −24.2 (−105.0–56.6) |
| 30 mg twice daily | 18 | 12 | 6 (33%) | +19.7 (−60.5–99.9) | +19.4 (−68.7–107.4) |
| 60 mg once daily | 18 | 10 | 8 (44%) | +98.4 (10.9–185.9) | +89.2 (−8.7–187.2) |
欠測割合はプラセボ、30 mg QD、30 mg BID、60 mg QDの順に増えた。論文は観測済み情報で条件付けた後に欠測が未観測値へ依存しないとするMARを仮定し、副次評価に多重補完を用いている。
なお、ベースラインのFVCの平均は、プラセボ群が2,246 mL、60 mg群が2,762 mLと、群で違う。標準治療の抗線維化薬(ニンテダニブ)を併用している人も、60 mg群で9人、プラセボ群で3人と偏る(ピルフェニドンは、60 mg群2人、プラセボ群4人)。観測された人の平均の差は、これらの違いを調整していない。多重補完(ANCOVA)の値は、ベースラインを調整している。
FVCの群間差を欠測条件ごとに比べる
解析の前に、問い、方法、判定規則を文章で固定し、ハッシュ値を記録した。
- 問い(QOI): 第2a相の60 mgの、FVC改善の信号は、欠測の仮定(MAR、中止した人が悪化する場合、プラセボと同じ経過をたどる場合)にどこまで頑健か。この不確実性のもとで、次の試験にはどれだけの規模が要るか。
- 使い道(COU): 公表された集計値の、定量的な整理に限る。有効性、投与量の推奨、安全性との兼ね合い、規制判断には使わない。誤判断の帰結は、頑健でない信号を確かな効果と読むこと、または、実在しうる信号を、不確実性を理由に捨てること。
計画の前に、論文の結果(群別の平均とCI、人数、欠測)はすべて読んでいる。結果の数値は既知で、新しい部分は、差の信頼区間、欠測の仮定の変更、例数の計算である。
見出しの値は何の信頼区間か
要旨の「+98.4 mL(10.9〜185.9)」は、60 mg群の、ベースラインからの変化の95%信頼区間である。プラセボとの差の区間ではない。プラセボ群の区間(−116.1〜75.6)は広く、両者は大きく重なる。論文の考察も、FVCについては「増加の傾向(a trend toward an increase)」と書いており、プラセボとの比較のp値は報告していない。
この区間は、正規分布の1.96を使って計算されている。 原論文のFigure 4と補足図のソースデータ (2) には、60 mg群の10人の、12週のFVC変化の個別値が含まれ、その平均は +98.4 mL(標準偏差141.1、標準誤差44.6)と、公表値に一致する。これに \(98.4\pm1.96\times44.6\) を当てはめると、10.9〜185.9 となり、公表された区間に一致する。10人なので、t分布(自由度9、2.26)を使うと、区間は −2.6〜+199.4 mL となり、0を含む。どちらの計算も、実務で使われるが、人数が少ないときは、t分布が標準的である。(個別値は、再配布せず、確認用のスクリプトだけを同梱した。)
そこで、各群の区間から標準誤差を復元して(公表された区間が正規近似なので、同じ1.96で戻す)、60 mg群とプラセボ群の差を計算した。

図1. 欠測の仮定ごとの平均と群間差。
表2.60 mg QDとプラセボの差。確率欄は正規近似または記載した補完シミュレーションによる記述量である。
| Missing-data approach | 60 mg minus placebo (mL) | 95% interval | Fraction of reference distribution above 0 |
|---|---|---|---|
| Observed cases, 10 versus 14 | +118.7 | −11.1–+248.5 | 0.96 |
| MAR multiple imputation, 18 versus 17 | +97.4 | −35.6–+230.4 | 0.92 |
| Missing participants assigned a placebo-like course | +65.9 | −32.9–+164.5 | 0.90 |
表2の「Fraction of reference distribution above 0」(参照分布で差が0より大きい割合)のうち、正規近似による値は、推定差を中心とする正規分布の正側の面積である。頻度論の信頼区間から真の効果の存在確率が得られるという意味ではない。プラセボ経過の行は記載した補完シミュレーションでの正の差の割合であり、いずれも試験成功確率の計算での懐疑的な事前分布を置いた事後の確率(MARで0.91)とは別の量である。標準誤差の復元は、公表された区間に合わせて、正規近似(1.96)にした。観測された人の差を、t分布とWelchの自由度で計算し直すと(標準偏差は、公表された区間から、同じ1.96で復元)、95%CIは −18.7〜+256.1 mL(両側 \(p=0.087\))になる。3つの扱いのどれでも、区間は0を含む。 3つとも0を除く場合だけ「頑健」とする事前の規則を満たさなかった。これはMARの段階から残る不確実性であり、欠測仮定の変更で確立済みの差が失われたという意味ではない。 観測された人の差(+118.7 mL)が最も大きいのは、欠測の人(60 mg群では8人)が、観測された人より悪い(または、変わらない)と仮定した場合に、差が縮むためである。
論文はモデルから得たFVC変化率+2.82%を、IPFにおけるMCIDの2〜6%と関連付けている。しかし、引用されたMCID研究は%予測FVCを対象としており、ベースライン実測FVCに対する相対変化と同じ尺度とは限らない (3)。その2〜6%を60 mg群のベースライン平均に掛けてmLへ換算することはしない。変化の臨床的重要性と、群間差の統計的不確実性も別の問題である。
欠測の仮定を動かす
MARは欠測の人について何を仮定しているか
論文のMAR・多重補完の平均と、観測された人の平均から、欠測の人の平均を、見かけ上の値として逆算できる。60 mg群では、約 +78 mL、プラセボ群では、約 +48 mL である。ただし、多重補完の値はベースラインを調整しており、観測された人の平均は調整していないので、この逆算には、調整の違いが混ざる。「欠測の人が、平均で約78 mL改善したと仮定されている」と断定はできない(図1の三角形は、この仮定とは別の、プラセボの経過での補完)。MARは、補完に用いる観測済み情報で条件付ければ、欠測確率が未観測のFVCにさらに依存しないという仮定である。その妥当性は観測データだけでは確かめられない。
tipping point:どこまで悪化すれば差は消えるか
実薬群の欠測の人に、MARの補完値から \(\delta\) mL を引く(悪化させる)。
\[ \bar y_a(\delta)=\bar y_a^{\mathrm{MI}}-\frac{n^{m}_a}{n_a}\,\delta,\qquad \Delta(\delta)=\bar y_{60}(\delta)-\bar y_{\mathrm{placebo}}^{\mathrm{MI}}. \]
\(n^{m}_a\) は欠測の人数、\(n_a\) は割り付けた人数である。

図2. 欠測者への仮定した悪化量と群間差。標準誤差を固定した感度計算。
差の点推定は、\(\delta\) が約219 mL に達して初めて0になる。これは、60 mg群の欠測の8人の平均が、MARの補完より約219 mL低くなる場合に当たる(見かけ上の逆算値 +78 mL を基準にすると、平均で約 −141 mL)。差が0より大きい確率が0.80になる \(\delta\) は約91 mL である。点推定の符号は、欠測の仮定にかなり頑健だが、確実性は仮定が悪化するほど下がる(\(\delta=100\) mL で0.78)。ただし、MARのとき(\(\delta=0\))でも、区間は0を含む。この感度計算では\(\delta\)ごとにMARの標準誤差を固定した。集計値では補完モデルや推定量の分散を再計算できないため、これは追加の近似であり、MNAR解析の標準誤差が一般に不変だという主張ではない。
欠測そのものが群で違う
欠測の割合は、プラセボで18%(95%CI 4〜43%)、30 mgを1日1回で28%、30 mgを1日2回で33%、60 mgを1日1回で44%(21〜69%)だった。60 mg群とプラセボ群の差は、Fisherの正確検定で \(p=0.15\)、リスク差は +27ポイント(−2〜+56)で、確かめられる差ではない。有害事象による治療中止は、プラセボ 2人、30 mg 1日1回 1人、30 mg 1日2回 5人、60 mg 1日1回 4人だった(実薬では、1日2回群が最も多い)。肝障害・肝機能障害による中止は7人(30 mg 1日2回 4人、60 mg 1日1回 3人、30 mg 1日1回と、プラセボは0人)で、うち4人はニンテダニブを併用していた。
有害事象による中止後の経過が、観測済み情報で説明し切れないなら、MARからの逸脱が問題になる。中止が多いという事実だけでMARの不成立を示すことはできない。中止の時期と理由の詳細、途中の測定は、本記事では使えない。
仮定した効果差と試験成功確率
以下は、12週のFVC変化を主要評価とした場合の計算である。実際の第3相は、より長い期間(たとえば52週)で評価するのが通例で、個人差の大きさも、必要な人数も、別に見積もる必要がある。
12週のFVC変化の個人差の標準偏差を150 mL(観測された人から復元した値は、約114〜183 mL)、両側 \(\alpha=0.05\)、検出力80%とすると、必要な人数は、真の差が +50 mL なら1群142人(欠測30%を見込んだ割り付けは202人)、+100 mL なら36人(51人)、+150 mL なら16人(23人)である。割付人数は丸める前の必要例数を用いて計算した。
ただし、真の差が不確かである。真の差の事前分布を \(N(0,150^2)\)(懐疑的な弱情報)とし、上の差(欠測をMAR)で更新した事後で、1群 \(n\) 人の試験が有意な改善を示す確率(ベイズのアシュランス)を計算した。

図3. 仮定した12週試験の割付人数とベイズ・アシュランス。長期試験の予測ではない。
1群の割り付けが、真の差が +100 mL のときの必要人数(51人、欠測30%)では、成功確率は、欠測をMARとした場合に0.56、プラセボの経過を仮定した場合に0.43、\(\delta=100\) mL の場合に0.36である。100人では、それぞれ0.68、0.57、0.47である。例数を増やしても、成功確率は、事後で差が0より大きい確率(0.91、0.89、0.76)で頭打ちになる。この試験の後でも、真の差が、どちら向きにどれだけかが、決まっていない。
考察
FVCの差の点推定は、表2の3つの欠測の扱いで、60 mg群のほうが良い方向である。符号が逆転するには、欠測の人が、MARの想定より約219 mL悪化する必要がある。
ただし、その差の95%信頼区間は、どの仮定でも0を含む。見出しの数値は、群内の変化の区間で、プラセボとの比較ではない。
12週のFVCを主要評価とする試験で、真の差が +100 mL なら、1群36人が必要となり、欠測30%を見込む割付計算は51人になる。ただし、真の差が不確かなため、51人での成功確率は0.36〜0.56にとどまり、100人でも0.47〜0.68である。この計算は、52週など、実際の長い評価期間の試験には当てはまらない。
rentosertibの有効性、投与量の推奨、安全性とのバランスは判断しない。この解析はFVCだけで、安全性を評価していない。論文によると、治療に関連するとされた有害事象は、60 mg 1日1回で78%、プラセボで29%、急性増悪は60 mg 1日1回で3例(全員入院)、プラセボで1例(入院なし)、肝障害・肝機能障害による中止は7人(うち4人がニンテダニブ併用)だった。論文の補足表では、60 mg 1日1回で、標準治療(抗線維化薬)を併用している11人のうち、grade 3以上の有害事象(重症度の分類であり、重篤性とは別)が6人(55%)、併用していない7人では1人(14%)だった。論文は、抗線維化薬との相互作用の可能性を挙げ、併用の有無で、効果も肝毒性も違いうると述べている。本記事は、これらを検討していない。
52週のFVCや長期経過は評価していない。
標準治療の併用の有無でのサブグループ(論文は、併用なしで +187.8 mL)。60 mg 1日1回の18人のうち、併用なしは7人で、観測された人はさらに少ない。事前に決めたサブグループでもないため、本記事では扱わない。
投与スケジュールの効果も区別できない。60 mg 1日1回と、同じ1日量の30 mg 1日2回の差は、観測された人で +79 mL(−40〜+197)で、区別できない(探索的)。
限界
- 主解析は集計値からの近似である(標準誤差の復元、ANCOVAの調整の無視、群間の独立)。多重補完の再現ではなく、その含意の整理である。
- 原論文のFigure 2の値と人数は、公開画像から読み取って転記した。区間の計算法は論文に明記されていないが、60 mg群のソースデータでは正規近似で公表区間を再現できた。他群の個別値による同じ照合は行っていない。
- 欠測の人の中止の時期、理由、途中の測定は使えない。
- 論文の著者27人のうち11人は、試験の依頼者(Insilico Medicine)の社員である(論文の利益相反の記載)。試験の管理、データ処理、解析は、外部の受託機関(Fortrea Clinical Pharmacology Services)が行ったが、依頼者側の著者も、試験の設計、収集、解析、解釈に関わったと、論文に書かれている。本記事の著者は、論文の著者とも、関連企業とも、利害関係がない。
- 計画した主解析に加え、査読後にWelchのt区間とソースデータによる正規近似区間の照合を追加した。別のコード(事後分布の格子計算と、試験のモンテカルロ・シミュレーション)で、tippingの \(\delta\)(点推定が0になる値 219.2 mL、確率0.80になる値 90.7 mL)と、成功確率(1群30、51、100、200、400人)を計算し直し、元の計算と、小数第2位まで(シミュレーションの誤差の範囲)一致した。
データとコードの公開
解析計画、転記した集計値(出所つき)、コード、結果、図の作成コードを、配布ZIPにまとめた(rentosertib-ph2a.zip)。python analysis.py && python figures.py で再現できる(numpy、scipy、matplotlib。数秒、乱数のseed固定)。別のコードでの照合は python independent_check.py で再現できる。論文のソースデータとの照合は、Nature Medicineのソースデータ(Springer、41591_2025_3743_MOESM3_ESM.xlsx、約2 MB)を data/raw_tmp/MOESM3.xlsx に置いて python source_data_check.py で再現できる。
参照
- Xu Z, Ren F, Wang P, Cao J, Tan C, Ma D, et al. A generative AI-discovered TNIK inhibitor for idiopathic pulmonary fibrosis: a randomized phase 2a trial. Nature Medicine. 2025;31(8):2602–2610. doi:10.1038/s41591-025-03743-2.
- Xu Z, Ren F, Wang P, Cao J, Tan C, Ma D, et al. Source Data for Fig. 4 and Supplementary Figs. In: A generative AI-discovered TNIK inhibitor for idiopathic pulmonary fibrosis: a randomized phase 2a trial. Nature Medicine. 2025. File 41591_2025_3743_MOESM3_ESM.xlsx. Source-data access.
- du Bois RM, Weycker D, Albera C, Bradford WZ, Costabel U, Kartashov A, et al. Forced Vital Capacity in Patients with Idiopathic Pulmonary Fibrosis: Test Properties and Minimal Clinically Important Difference. American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine. 2011;184(12):1382–1389. doi:10.1164/rccm.201105-0840OC.