Boltz-2に100件の実験結果を足すと、候補選択はどう変わるか
8標的の公開予測値を再集計し、少数の活性ラベルを使うBoltz-2の調整を候補選択の観点から検討する。次の100件で拾う活性化合物、追加の再採点費用、類似度検索と未知骨格の回収を比較する。
Summary in English
What changes when 100 assay labels are added to Boltz-2 candidate selection?
An independent aggregation of released predictions for eight MF-PCBA targets examines affinity-head adaptation, top-100 hit recovery, rescoring budgets and a nearest-active comparison. No model inference, retraining or prospective experiments were performed; scaffold annotations are author supplied.
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数万の化合物をAIで順位付けしても、全部を実験に回せるわけではない。次に100個だけ試せるなら、その100個に活性のある化合物がどれだけ含まれるかが問題になる。
Boltz-2はタンパク質と低分子の複合体構造に加え、結合に関するスコアも予測する。では、最初に選んだ100化合物の実験結果が返ってきた後、その結果を使って候補の順番を変えられるだろうか。
FuruiとOhueのプレプリントは、8標的の既存スクリーニングデータでこの問いを検討した。本記事では著者が公開した化合物ごとの予測値を再集計した。100件のラベルで調整した場合、次の100候補に含まれる活性化合物は標的平均で10.75件から20.75件になった。これは新しい実験を行った結果ではなく、公開済みの測定ラベルと予測値を使ったランキングの検証である。
実験結果をどこへ足すのか
ここでの実験結果は、各測定条件における「活性あり/なし」の二値ラベルである。薬の効果量や、結合定数の実測値ではない。
手順は、最初にBoltz-2で化合物を順位付けし、その上位40・100・300件のラベルを使い、スコアを出す部分を調整するというものだった。複合体の情報を作るtrunkと構造生成部分は固定し、二つのaffinity headを更新する。headは、保存された構造・内部表現から結合に関するスコアを出す部分だ。比較する順位には二つのheadの予測確率の平均を使う。原論文の方法と公開実装に対応する。
この入力の違いは重要である。高い初期スコアを付けたのに不活性だった化合物も、調整の材料になる。活性化合物だけを集めて学習する設計ではない。
Boltz-2の公式文書でも、結合する確率に対応する出力と親和性の値に対応する出力は区別されている。今回の二値ラベルによる調整を、「結合定数の精度が上がった」と読むことはできない。また、調整後のスコアが実際の陽性率に校正されているかは、候補順位の改善とは別に確かめる必要がある。
100件は学習用、次の100件は評価用
元の測定データはMF-PCBAスクリーニングベンチマークに由来する。原論文のデータ節によれば、今回の8標的は先行評価の10アッセイから選ばれたもので、結合部位を指定できなかったものなどが除かれている。任意の標的から無作為に選んだ8件ではない。
公開データには、学習に使った化合物と、候補選択を評価する化合物の区別がある。本記事の再集計では、その区別を維持した。
全条件で初期順位の上位300化合物を評価から除く。したがって、40件だけで調整する条件でも、残りの260件は評価へ戻さない。共通の評価集合は標的あたり約4.96万化合物で、陽性率は約0.27〜1.92%だった。調整用100件に含まれる活性化合物は標的によって4〜52件と幅がある。同じ「100件」でも、得られた陽性・陰性の構成は同じではない。公開データの列定義
以下の「次の100候補」は、この共通評価集合から選んだ100化合物を指す。初回の学習用測定で見つかった活性化合物は含めない。100件の調整用測定と、次の100件の測定を合わせれば、予定する測定は少なくとも200件になる。前処理、検証用測定、再測定、活性確認の費用は別に必要である。
改善倍率と、次に試す候補の数
公開予測値からAP、上位1%の濃縮度、上位100候補の活性数を計算し、著者の保存済み結果と照合した。モデル推論やheadの学習は実行していない。
| 調整用ラベル数 | AP:未調整→調整後 | 標的ごとのAP比の幾何平均 | 次の100候補の活性数:未調整→調整後 |
|---|---|---|---|
| 40 | 0.0523 → 0.0685 | 1.24倍 | 10.75 → 17.63 |
| 100 | 0.0523 → 0.0869 | 1.56倍 | 10.75 → 20.75 |
| 300 | 0.0523 → 0.1339 | 2.14倍 | 10.75 → 34.38 |
APと活性数は8標的の算術平均。倍率は各標的で比を求めた後の幾何平均であり、表の平均APどうしの比ではない。各標的の値は添付CSVで確認できる。

図1:点は各標的、ひし形は8標的のAP比の幾何平均。破線の比1は改善なしを示す。
precisionは選んだ候補のうち活性だった割合、recallは評価集合にある全活性化合物のうち拾えた割合である。APは、順位の上から候補を増やしていくときのprecisionとrecallをまとめた指標だ。AP 0.0869を「次の100件の8.69%が活性」と読み替えることはできない。測定できる数が100なら、その位置での活性数とprecisionを直接見る。今回の100ラベル条件では、後者は平均20.75/100、つまり20.75%だった。
上位1%の濃縮度は、上位1%での活性割合を評価集合全体の活性割合で割る。このデータでは上位1%は約496〜497化合物なので、上位100件とは選択予算が違う。指標の改善倍率と、実験に回す数を混ぜないようにしたい。
図には標的間の違いも残した。同じ予算を足しても効果は一様ではない。8標的での傾向を、新しい標的で確実に同じ改善が得られるという保証へ変えることはできない。
全化合物を調整後に採点し直す必要はあるか
もう一つの問いは、未調整のNo-FTスコアで候補を絞った後に、調整済みheadで採点し直す方法である。ここでは採点し直す候補数をM、最終的に選ぶ数を100とする。No-FT順位は、学習候補を選んだ標準推論の初期順位とは区別する。
公開スコアから、未調整の順位の上位M件だけを取り出し、調整済みのスコアでその中を並べ直した。300ラベル条件では、M=5,000のときに得られる活性数は平均34.75件で、全評価集合を採点し直した34.38件に近かった。

図2:300ラベル条件。薄線は各標的、太線は8標的の平均。破線は未調整の平均、点線は全件再採点の平均である。横軸は対数目盛。
Mを増やせば活性数が必ず増えるわけではない。候補を追加すると、その中に調整後のスコアが高い不活性化合物も入ってくる。5,000件の方が全件よりわずかに高い平均だったことも、「少なく採点すれば有利」という一般則にはならない。
一方、最初の絞り込みで落とした化合物は、その後どれだけ上手に順位付けしても戻らない。No-FT順位の上位M件に含まれる活性数をA(M)とすると、100候補で拾える活性数には
\[ H_{100}(M) \leq \min\{100, A(M)\} \]
という上限がある。この上限と実際の回収数を一緒に出すと、「入口で活性化合物を落とした」のか、「残った化合物の順位付けが弱い」のかを分けられる。添付コードは、各Mの回収数、残っている活性化合物の数、上限を出力する。
約5万件から5,000件への絞り込みは、追加のhead評価件数を約90%減らす。しかし初回のBoltz-2推論、内部表現の保存、調整用ラベルの取得、学習は済んでいる前提だ。実行時間や創薬費用が全体で90%減るという結果ではない。
例えば、初回推論などの共通費用をC0、head評価1件あたりの費用をc、全評価集合の大きさをnと置くと、全件再採点とM件再採点の費用差はc(n−M)になる。全体に対する削減率は
\[ \frac{c(n-M)}{C_0+cn} \]
で、C0が大きいほど小さくなる。これは費用の分解を示す式であり、この研究の実測費用を推定したものではない。
類似度検索にも、同じラベルを渡す
実験ラベルが手元にあるなら、Boltz-2の調整以外にも使い道がある。その比較で外せないのが、既知の活性化合物に似たものを選ぶ方法だ。
著者が公開した骨格別の集計CSVを、300ラベル・次の100候補の条件に限定して平均すると、以下になる。ここは著者の骨格注釈を集計した値であり、本記事で分子の骨格や類似度を再計算した結果ではない。
| 方法 | 活性化合物数 | 学習集合にない骨格の活性化合物数 |
|---|---|---|
| 未調整のBoltz-2 | 10.75 | 7.63 |
| 調整後のhead | 34.38 | 22.13 |
| 既知の活性化合物への最大類似度 | 34.75 | 13.75 |
出典:著者公開の骨格別回収数CSV。類似度はMorgan fingerprintのTanimoto係数、骨格はBemis–Murckoの定義に基づく。右列は活性化合物の数であり、骨格の種類数ではない。同じ骨格を持つ複数化合物も数える。
総ヒット数だけなら、類似度検索の平均は調整後headに劣らなかった。一方、学習集合にない骨格の活性化合物は、調整後headで多かった。目的を「活性化合物をできるだけ拾う」と置くか、「異なる骨格の候補も確保する」と置くかで、この比較の意味が変わる。ただし、この平均差だけで統計的な優越性を主張することはしない。
学習集合にない骨格でも、既知の化合物に部分構造が似ている場合はある。「未知骨格」と「低類似度」は同じ条件ではない。骨格が新しいことも、作用機序や特許性が新しいことを意味しない。
通常の教師ありモデルと比較するときにも、同じ化合物・ラベルを使うことが出発点になる。さらに、モデル選択や反復回数、利用する事前学習情報、計算時間を揃えるか、差を説明する必要がある。調整済みのモデルをラベルなしのモデルとだけ比べても、追加ラベルをどう使うのがよいかは決まらない。
次の実験で確認する条件
この再集計で確かめたのは、既存の活性ラベルに対する候補選択である。実験を進める計画では、次の条件を先に固定しておく。
| 固定するもの | 比較が変わる理由 |
|---|---|
| ラベルの測定条件と活性の定義 | 二値の活性、結合定数、細胞内での薬効は異なる結果である |
| 最初のラベルを得る選択法 | 初期順位の上位から取った100件と無作為の100件では陽性率や構造の分布が違う |
| 次に試す候補数と評価基準 | AP、100件での回収数、異なる骨格の回収数で目的が違う |
| 比較手法と学習・検証用データ | 同じラベルを類似度検索や小さなモデルにも渡し、検証用と最終評価用を分離する |
| 再採点範囲と費用 | 初期推論を含む全費用と、追加のhead評価だけの費用を分ける |
原研究の未調整対照は、調整後headと同じ保存済み構造・内部表現・採点経路を使う。学習候補を選ぶ初期順位は標準推論で作られ、評価時の未調整順位とは区別されている。比較を再現するときは、標準推論の出力をそのまま対照に置き換えない。
また、原研究では評価集合の初期順位末尾20化合物を学習中の検証に使い、固定した最終epochを評価している。このため、最終評価集合のラベルに一切触れていない設計と同一には扱えない。本記事も公開データの分割を変更せず集計した。新たな検証では、検証用の化合物を最終評価から除く設計が明確になる。
headの学習は条件ごとに一度で、今回の再集計もその保存済みスコアを使っている。標的間のばらつきには、学習を繰り返したときの乱数依存性まで含まれていない。新しい標的・化合物で実際に候補を選び、結果を見る前向き検証が次の課題になる。
100件の測定結果は、モデルに追加できる情報である。その価値を読むには、次の候補で何件拾えるか、どんな構造を拾うか、同じ結果を使う別の方法と比べてどうかを並べる。今回の公開予測では候補選択は改善した。同時に、単純な類似度検索との比較は、改善した後にも残る。
再集計のコードと出典
入力はBoltzFTのコミットa31c79a8420c1156a876f007dbdc52107cd0e957に固定した8標的の予測CSVと、著者の参照集計である。APと上位1%濃縮度を再計算して照合し、追加再採点の回収数も検証した。上位100候補と2段選択の同点は公開データの評価順で解決する。上位1%濃縮度は著者の保存値との照合のためNumPy 1.26.4の既定ソートに合わせる。予測確率の校正、headの再学習、ウェット実験は実施していない。
再集計コード・結果・図をダウンロード。入力の約98 MBの圧縮CSVは同梱せず、取得スクリプトで固定版をダウンロードする。著者由来の集計データには元のライセンスを添付した。図は公開数値から本記事用に作図した。
- Furui K, Ohue M. Adapting Boltz-2 with limited experimental activity data improves early enrichment in virtual screening. 2026-09-21、プレプリントv1。本記事はこの版を対象とする。
- BoltzFT:コード、化合物ごとの予測値、評価分割、参照集計。MITライセンス。
- Boltz-2公式の予測・出力文書。結合確率と親和性の値の区別を参照。
引用
Kumakura, D. (2026). Boltz-2に100件の実験結果を足すと、候補選択はどう変わるか. daikikumakura.github.io. https://daikikumakura.github.io/writing/boltz2-assay-finetuning.html